WEB地区誌

広島城北ライオンズクラブ/広島城北ライオンズクラブの紹介

私たちのクラブは広島市安佐南区を拠点として51年前に発足し、昨年CN50周年を迎えました。本年、「奉仕の想い」を会長スローガンに掲げ、原点に立ち返って奉仕活動を続けていこうと気持ちを新たにしています。
CN50周年記念行事では、自分たちで何かをしてご来場の皆様に楽しんで頂こうと、バンド演奏の同好会、社交ダンスの同好会を発足して、1年半練習しました。
バンド演奏は姉妹クラブとの二次会で演奏し、社交ダンスを記念大会で、披露しました。
今でも二つの同好会は続けています。構成員は会員、LL、LFですが、これからは裾野を広げ、人数を増やしたいと思っています。家族はもとより会員以外にも呼びかけることにより、メンバー増員、家族会員の入会・活動に繋がるのではないかと思います。
さて、今回は社交ダンス同好会を紹介させて頂きます。
社交ダンスはヨーロッパを起源として、発展し明治初期の鹿鳴館、戦後のダンスブーム、近年のテレビによる紹介で、現在日本には150万人~190万人の愛好者がいるといわれています。競技ダンスの世界大会には日本の選手が3~4割を占めており、数の上では世界NO1と言われています。
当クラブの社交ダンス同好会は現在5組、10名で週1回レッスンをしています。レッスン後は必ず懇親会を行い、この懇親会が楽しいのか、レッスンの出席率は、例会より高い程です。
披露の場は今のところ、忘年例会と最終例会だけですが、今後はダンス披露と奉仕と結びつけたいと思っています。
次回は、バンド演奏の同好会について寄稿の予定です。
(山田さをり)

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広島紅葉ライオンズクラブ/私も成長させてもらう「愛する広島紅葉ⅬⅭ」

広島紅葉ライオンズクラブは来期35周年を迎えます。2005年に加用元地区ガバナー、2017年には今井前地区ガバナーを輩出し、クラブ全体で地区運営に協力して参りました。我がクラブの奉仕活動としては、発達に心配のある子ども達の援助施設「広島市北部こども療育センター」の支援活動を20年以上行っています。夏のお泊り保育、クリスマス会等、私達も参加して楽しい時間を過ごさせていただいております。
10月13日には恒例の盲導犬普及促進の為の本通りパレードと街頭募金活動を行いました。4月にも街頭募金活動を行う等、盲導犬支援にも力を入れております。
また、女子サッカーの普及の為、現在の皇后杯広島大会は第1回から支援を行い、今年で35年目を迎えます。現在の女子サッカーはレベルが高くなり周知されるようになっていますが、当初は知名度も低く、促進活動にも苦労があったと聞いています。ふり返れば、34年間にわたって奉仕活動を続けた結果、社会との関わりも含めて一定の成果が出ており、「継続は力なり」との言葉通りのように思えます。
2017年度は我がクラブから2つのクラブ支部が結成されました。軟式テニスの実業団チームより「広島ソフトテニスクラブ支部」と犬を飼っておられる方で結成した「広島パピーくらぶ支部」です。そして今年度は新たにもう一つクラブ支部を結成しようと話を進めています。クラブ支部を結成する事によって、ライオンズクラブを知らなかった方々にも社会奉仕の団体として認知してもらうことができ、若い方々中心の支部でしたら、将来も積極的に関わっていただけると希望しております。
今年度は「チャーターメンバーの思いを継いで、ウィサーブ」という会長スローガンでバトンを受け継ぎましたが、なによりも今、奉仕できることに感謝し、そしてその場を与えてくれた広島紅葉ライオンズクラブに感謝して、次の世代に楽しくバトンを渡せるよう、これからも奉仕活動に励んでいきたいと思います。  
(宮原 万智子)

 

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広島フェニックスLC/YCE派遣を終えて

昨年度、高校1年生の男子をYCE冬期派遣生として当クラブからマレーシアへ送り出しました。
その派遣生とは実は私の長男です。彼は海外旅行はもちろん、親と離れての生活も飛行機すら初めての経験ですので、マレーシアでの3週間は期待と不安の入り混じった感情だったことでしょう。
ホストファミリーはインド系ヒンデュー教徒の5人家族で、一つ年下の男の子がいるという情報はありましたが、どんな生活が待っているのか想像すら出来ませんでした。派遣後は余程のことがない限り連絡はするなと決めていたものの、送り出した親としてはやはり気がかりでした。
そこで大活躍したのがFACEBOOKでした。ホストファミリーのご主人とすぐにSNSを通じて繋がり、こまめに毎日の出来事を数十枚単位の写真を添えてアップしてくれていたおかげで、リアルタイムに現地での生活を見ることができました。そこにはまるで本当の家族の一員の様に暖かく迎えてくれてるご家族と嬉しげな息子の笑顔がありました。帰国時も空港まで家族総出で見送ってくれて、沢山のお土産と一緒に息子は帰国しました。
アレルギー持ちの息子のために3週間の間に食べた食事のすべてのメニューと千枚を超える写真も添えられていました。帰国してからも息子を案じてくれるメールを何度も頂きました。他国のファミリーがたとえライオンズで繋がっていたとしても、3週間でこんなにまで暖かく想ってくれることに心から感動しました。
そんなマレーシアのホストファミリーの息子さんリットビーン君が今度は12月に日本にYCEでやって来ることになりました。場所は関西とだけ決まっている様ですが、何としてもこの広島まで息子に会いに来たいとのことです。マレーシアでは見ることが出来ない白銀の世界を見せてあげたい。と息子は目を輝かせました。
(迫谷 敏博)

 

 

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広島デルタライオンズ/奉仕活動で「愛」を届けよう

この原稿を書くに当たって、改めて広島デルタライオンズの歴史は?と、50周年の記念誌を読ませて頂いた。
発会式前後の事を初代幹事で第4代会長のL迫井 忠氏が書いておられる。
1961年3月11日広島LCメンバー9名と新しいメンバー12名で広島デルタライオンズクラブを発足。クラブ初のアクティビティは5月3日県児童施設の運動会への1万円の寄贈だったとある。
今年は発足57周年で半世紀以上もの歴史を重ねてきているのだが、その間、歴代の会長・幹事の元で、月2回水曜日の例会で親交を重ね、会員の数は1981年には97名にも達している。現在は50名弱の人数で推移しているが、その中には女性会員が6名を数えている。12~13%であるが、男女共同参画の昨今ではまだまだ少ないと言えるのかも知れないが他のライオンズクラブと比較すれば多いらしい。
今まで多くのアクティビティを行っているが、障碍児支援として県立盲学校へ点字図書878冊・書架37を寄贈、肢体不自由児通学バスの寄贈、県立聾学校に教材用ビデオやテレビ・動物小屋等の寄贈等々、障碍者支援として授産所等への建設資金の援助やピアノなどの寄贈もしている。文化講演会やチャリティーコンサートを行い、青少年や障碍児・者の招待や収益金の寄付をしている。災害義捐金としては湾岸戦争被災者救援募金や北海道南西沖地震、阪神大震災、台湾地震、新潟中越地震等々への見舞金を送っている。
特記すべきは献血事業で、1986年以来30年以上毎年続けている。年2回の中小企業会館での開催、中国電力広島営業所に於ける献血事業協賛、1月献血ルーム「もみじ」「ピース」での献血PR等、全員が一丸となって取り組んでいる。
都道府県対抗男子駅伝では参加賞と青少年優秀者にトロフィー寄贈を行い、ふるさと広場ではお好み焼きの販売も長年続く行事になっている。
昨年はNICU新生児集中治療室を退院した児童家族の会バンビの会に音楽を届ける活動をしてとても喜ばれた。
広島デルタライオンズはこれからも支援を必要としている多くの人たちに、様々な奉仕活動を通して「愛」を届けたいと思う。
(田河内 秀子)

 

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「感じよう奉仕活動のよろこびを」 福山東LC会長 平田賢三

1976年(昭和51年)12月12日に結成 スポンサークラブは福山葦陽ライオンズクラブ。1977年(昭和52年)3月13日CN(認証状伝達式)が執り行われた。現在会員数63名 内男性61名 女性2名 終身会員5名となっている。例会は毎月第1、第3木曜日12:15~13:30 例会場は福山ニューキャッスルホテルで開催している。例会の席次は特に決めておらず、気の合った者同士が円テーブルに座り歓談しています。まさに例会が一時のオアシスとなっている。クラブ役員が交代して4ヶ月、不慣れな事が多く、例会の工夫に手が廻らないのが現状である。その中で新会員6名に対し、例会時のローアを順次指名し、自己紹介並びにライオンズ活動に対する思いを発表してもらっている。会員増強については会員の皆様に情報提供を依頼しておりますが、なかなかうまく運ばず、以前在籍されていた方の御子息を勧誘しています。クラブに早く溶け込んでいただくため、ゴルフ同好会、麻雀同好会、魚釣同好会、旅行同好会、のもうかいといった同じ趣味を持った者同士が和気あいあいと楽しみ、会員の結束を高めている。また、入会後3年未満及び55歳以下の会員による若獅子の会を結成し、居酒屋でクラブ役員を交えて酒を酌み交わしています。クラブアクティビティとしては第37回障がい者招待ボウリング大会、特別養護老人ホームにて福山市立誠之中学校生徒有志による和太鼓【誠之太鼓】演奏会、第37回国際平和ポスターの実施、 久井町宇根山の森植樹(今年度は台風接近のため中止)、歳末街頭献血活動、学童軟式野球大会等々を行っております。福山地区にも甚大な被害をもたらした西日本豪雨復興支援として福山市へ義捐金を贈呈しました。

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福山久松LC 夜間プラスワン例会

前回の10月24日の例会では 福山城の福寿会館にて夜間例会が開催されました。この日の例会ではプラスワン例会としてオブザーバーも参加していただき大変楽しい例会となりました。この日の例会後の食事中には久松のチャーターメンバーの水永様に糖尿病の事について講演いただき、メンバー全員が自分の体にについて、今の食生活について学ぶことができました。 やっぱり健康でないと何事も始まりませんからね。福寿会館にて夜間例会水永氏による糖尿病の講演オブザーバーのご紹介また会う日まで

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5R3Z 三良坂ライオンズクラブの紹介

三良坂ライオンズクラブは,1965(昭和40)年5月16日に地域の厳しい過疎化の波の中で三次ライオンズクラブをスポンサーとして,日本全国929番目,336-C地区では35番目に発足しました。また,3年前の2015年に結成50周年記念大会を開催することができました。
当クラブの現在の会員総数は21名です。近年は公務員・教職員を退職した会員が増えており,女性会員が1名で平均年齢が66.8歳で,若い人30代・40代が各1名づついます。メインには60代~70代,14名でベテラン会員が中心になり,月2回の例会を運営しています。特に家族例会(クリスマス例会・オクション例会等)をして,会員相互の家族を含めた親睦を図っております。
主な行事と活動は7月 三良坂平和公園清掃作業,平和ポスターコンテスト参加作品展,9月みらさか健康福祉まつりで検眼登録活動,10月ライオンズデー薬物乱用防止活動,,(三良坂中学校・吉舎中学校・日彰舘高校),薬物乱用防止教室(三良坂中学校・三良坂小学校)1月新春書初め大会開催,また国道184号線沿い遊歩道美化活動(5月・10月)におこなっています。
今期は,クラブスローガンを「縁 絆 楽 未来咲け」と定め,いろんな「縁」で当クラブへ入会され,「絆」で結ばれ,「明るく笑顔で楽しく喜びを感じ」俸仕活動に取り組をして,現在に至っています。そのことで「未来に花咲させる」ために,これから未来を目指して会員増強並びにアクテイビテイに力をいれてゆき,クラブを維持して,「We Serve」の精神で会員一丸となって活動をしていきます。

 

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第31回尾道ライオンズクラブ旗争奪少年野球大会

                                                 青少年育成・ライオンズクエスト委員長 河本 泰行

第31回尾道ライオンズクラブ旗争奪少年野球大会は尾道ライオンズクラブの60周年を記念して規模を拡大し9月16日(日)、17日(月・祝)の2日にわたり実施しました。

大会は尾道市内の小学生の軟式野球チームでのトーナメント開催としましたが、主催者の委員長としての第一に考えたことは参加する小学生の思い出に残るものとすることでした。そのために大会の規模は小さいものとはせず、小学生選手の出場制限(1日に2試合までしか出場できないなど)の範囲で最大限に参加できるようなものとしたいと考えました。そのため人数の多い2チームから2チームを編成してもらい16チームとしました。

また、第二に主催であるライオンズクラブとしての経済的負担ならびに主催者メンバーの時間的な負担を小さいものとしたいと考えました。そのために開会式を遅くすることで時間外料金を節約しました。また、従来1試合につき2名のメンバーが得点付けをしていましたが、今回は少年野球連盟を通じて各チームにお願いしました。

そのため大会期間中の主催者側としての負担は多少軽減できたかと思われます。しかしながら、従来のアクティビティを想像して参加していただいたライオンズメンバーは手伝いに来ていただいたにも関わらず手持無沙汰となったこと等反省点も残りました。今後の少年野球大会を従来の1日開催とするか今年のような2日間開催とするかどうかでも意見は分かれるところであるとあると思いますが、継続的に大会を盛り上げていくために何がベストであるのか自分自身大いに考えさせられました。

大会自体は暑からず寒からずの好天に恵まれ学童たちの好ゲームに心躍らせることができ、楽しく過ごすことが出来ました。我々の主催した大会が学童たちの心に残るものであればこれに勝る喜びはありません。

最後になりますが、今回の大会のために貴重な日曜日、祝日を割いて下さった皆さんに心より感謝申し上げます。

大会の結果は以下のとおりです。

優勝:西藤少年野球クラブ、 準優勝:三成乃木山クラブ、 第三位:向東少年野球クラブ、 敢闘賞:栗原平木山野球クラブ

優勝チーム 西藤少年野球クラブ

 

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4R2Z 広島佐東ライオンズクラブの紹介

 広島佐東ライオンズクラブは、1985年1月15日に全国で2724番の336-C地区で94番目のライオンズクラブとして結成されました。以後、他のライオンズクラブや地域の方々とともに社会奉仕活動に励み、2015年に30周年を迎えました。

 クラブの活動は八木梅林の復活事業からスタートしました。第二次世界大戦前後の2度の大洪水で壊滅し以後30年間荒廃したままであったかつての名勝八木梅林を何とか復活しようと、1985年にせせらぎ公園に梅ノ木109本を植樹しました。以後30年にわたる会員たちの地道な育成作業の末、今では600本の梅ノ木による立派な梅林が復活しました。

 2002年より佐東地区内の小学生を対象に梅の実採り体験学習を行っています。体験することから地域・社会への関心を持つ第1歩に寄り添えればと思い活動しています。梅林復活事業はクラブのメイン事業として継続しています。

 この梅林復活事業の他に、献血奉仕活動、グランドゴルフ大会の開催、少年サッカー教室の主催、せせらぎの夕べ、春こい祭り、「佐東町にホタルを飛ばそう」事業への助成、せせらぎ公園清掃等の地域事業への協力などで、佐東地区(安佐南区八木、緑井、川内、梅林地区)に根ざした地域奉仕活動を展開しています。

 

CN30周年記念大会 集合写真梅の実採り体験学習 ライオン誌取材

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